30代社会人が10年のキャリアを手放してデンマークのフォルケホイスコーレへ|Nordfyns Højskoleに通って変わったこと・変わらなかったこと

30代社会人が10年のキャリアを手放してデンマークのフォルケホイスコーレへ|Nordfyns Højskoleに通って変わったこと・変わらなかったこと

「いつか行ってみたいな」そう思いながら、コロナ禍で一度忘れかけた夢が、日本でフォルケホイスコーレ的な学びを実践するプログラムへの参加をきっかけに再び動き出した。

当時32〜33歳、福祉の仕事に10年間携わってきた「なおさん」は、2024年8月からデンマークのフォルケホイスコーレ「Nordfyns Højskole」に約1年間通い、帰国後は北海道に移住。地域おこし協力隊として新しい一歩を踏み出している。

「準備不足だったし、英語も全然できなかった。でも行ってよかった」と話す彼女に、フォルケホイスコーレを選んだ理由から、現地での変化、帰国後の暮らしまで、じっくり話を聞いた。

  1. フォルケホイスコーレとの出会い「夢のまた夢」だったあの頃
    1. 最初のきっかけは「北欧の社会保障」への興味
    2. 2023年、SNSで「そのまんまフォルケホイスコーレ」に出会う
  2. 北海道から、デンマークへ「社会人生活10年の節目」が背中を押した
    1. 4日間→10日間、段階的に深まっていった関心
    2. 「子どもには『ゆっくりでいいよ』と言えるのに」キャリアの矛盾に気づく
    3. 「留学します」という一言が、職場での引き止めを封じた
  3. Nordfyns Højskoleでの1年間|前半と後半で変わった、自分の在り方
    1. 第1セメスター:創作と自己探求の時間
    2. 第2セメスター:「声を出す」ことへのチャレンジ
    3. 印象に残った授業と出来事
  4. フォルケホイスコーレで得たもの「自分のいい状態」がわかるようになった
    1. 義務感ではなく、内側から動く感覚
    2. 「私の声はちゃんと意味を持つ」と思えた
    3. 完璧な英語ではなくても友達ができた「できる・できない」で評価されない場所
    4. 「箱」ではなく「人」がコミュニティをつくる
  5. 期待と現実のギャップ|正直に言えば「こんなはずじゃなかった」もある
    1. ホームページ通りではなかった授業ラインナップ
    2. 言語の壁|「自分の意見が何なのかわからない」というパニック
  6. 帰国後の選択|北海道への移住と「ちっちゃい規模感」での挑戦
    1. 東京という大都市ではなく、人の顔が見える場所へ
    2. 「フォルケロス」にならないための選択
  7. これからフォルケホイスコーレを考えている人へ
    1. おすすめできる人、できない人|正直なところ
    2. 行く前に知っておくべきこと|日本のことを勉強していく
  8. まとめ|「ちゃんと自分のことを生きてみる」という選択
  9. インタビューを終えて|編集部より

フォルケホイスコーレとの出会い「夢のまた夢」だったあの頃

最初のきっかけは「北欧の社会保障」への興味

なおさんがフォルケホイスコーレを知ったのは、福祉職として働く中で北欧の社会保障に興味を持ったことがきっかけだった。
調べていくうちにNordfyns Højskoleの存在を知り、その後、日本版フォルケホイスコーレに参加した経験を通して、「実際にデンマークでも体験してみたい」という気持ちが確信に変わったという。
「視察ツアーではなく、デンマーク人と共に過ごす留学だからこそ得られる感覚があると思ったんです。高福祉の国で、人々がどんな教育を受け、どんな文化が根付いているのかを、『生活』を通して感じたかった」

当時は「面白そうかも」と感じた矢先にコロナが始まり、「今じゃないな」と気持ちを抑えた。そのまま数年間、その選択肢は頭の片隅に置かれたままになっていた。

2023年、SNSで「そのまんまフォルケホイスコーレ」に出会う

動き出したのは2023年。SNSを眺めていたとき、日本でフォルケホイスコーレ的な学びを実践している北海道上川町の団体「そのまんまフォルケホイスコーレ」の投稿がたまたま目に入った。

「あ、そういえばこれ私が調べてたやつじゃん、って思って。英語が苦手だから、まず日本語で体験できるならやってみようと思ったんです」

ちょうど休みも取れるタイミングだったこともあり、上川町で開催された3泊4日のプログラムに参加。それが現地を知る入口となった。

北海道から、デンマークへ「社会人生活10年の節目」が背中を押した

4日間→10日間、段階的に深まっていった関心

北海道のプログラム参加後、「もっといたかったな」という気持ちが残り、同じ場所で開催された夏の10日間コースにも参加した。

「北海道自体が好きになったのもあって、じゃあそっちも行っちゃおうかなって(笑)。でも最初に行った時点では、本格的にデンマーク留学を考えていたわけじゃなかったんです」

転換点になったのは、「10年間働き続けた節目」だった。

「子どもには『ゆっくりでいいよ』と言えるのに」キャリアの矛盾に気づく

福祉の仕事をしながら、なおさんは自分の働き方に対してある矛盾を感じていた。

「子どもの育ちにはゆっくり関わっていたのに、自分のキャリアはすごく駆け足で。プライベートを削って研修に行ったり、行き急いでた。全然矛盾してるなって」

10年が経ち、「この先また5年、10年、どうしていこう」という問いが浮かびあがった。仕事にやりがいはあったが、「一度肩書を下ろした時に自分が何を感じるのか興味があった」とも話す。

「『いつでもキャリアを止めていい、自分のペースで歩んでいい』という大人のための学校の文化は、日本で感じていた罪悪感や自責から自分を解放してくれるものだと思ったんです」
そうした想いが重なり、「これまでやりたかったことや行きたかった場所に、一回ちゃんとチャレンジしてもいいかな」と仕事を辞める決断に至った。

「留学します」という一言が、職場での引き止めを封じた

10年間勤めた職場を辞めると告げた時、同僚や上司から強い引き止めはなかったという。

「『留学します』って言ったら、『じゃあ仕方ないね』みたいな雰囲気になって(笑)。すごく気持ちよく辞められました」

家族への報告はほぼ事後報告だったが、こちらも大きな反対はなかった。

「もう決めたから、って言って報告したら、止めても無駄みたいな感じで(笑)。30代での留学について心配されるかなとも思ってたんですが、あまりそういう反応もなくて、ありがたかったです」

Nordfyns Højskoleでの1年間|前半と後半で変わった、自分の在り方

Nordfyns højskoleの施設

第1セメスター:創作と自己探求の時間

なおさんが通ったのはNordfyns Højskoleで、2024年8月から翌年にかけて2学期(セメスター)にわたって学んだ。

第1セメスターでは、陶芸・ニッティングといった創作系の授業を中心に選択。「SOSU」Aサブジェクト(主専攻)「サステナビリティ(Sustainability)」をBサブジェクトとして履修した。

「言葉を使わずに何かを深めていく授業が多くて。ソス(SOSU)の授業でも、自分のことをすごく突きつけられる感じがありました。どう思う?って問われる機会がすごく多くて、結構自分の内側に向き合っていた時期でした」

一方で、この時期は自分からコミュニティに積極的に働きかけることがまだ難しかったと振り返る。

「食後の時間にみんなの前で手を挙げてアイデアを言うとか、そういうことが最初はできなくて。言語の壁もあったし、コミュニティの中での自分の立ち位置もまだわからない感じでした」

第2セメスター:「声を出す」ことへのチャレンジ

後半のセメスターでは、Aサブジェクトに「ワールドキャンプ(World Camp)」を選択。「ジェンダー・アンド・ボディ(Gender and Body)」などの授業にも挑んだ。

ワールドキャンプは、デンマークの学びってこういうことなんだって一番感じた授業でした。対話型で、あなたはどう思う?っていうのが本当に多くて。しかもインターナショナルな環境だから、相反する意見がたくさん出てくる。でもデンマーク人って、意見とその人の人格を切り離して話すのがすごく自然でした。」

変化したのは学びのスタイルだけではなかった。コミュニティの中で「声を出す」ことへのハードルが、前半と比べて明らかに下がっていった。

「ちっちゃいチャレンジをいっぱいさせてもらえて、自分の言葉がコミュニティに響くんだなってわかってきた。だんだん、食後にみんなの前で手を挙げられるようにもなって。デンマーク語で発表したりも挑戦しました。」

発音はぼろぼろだったかもしれないけれど、と笑いながら話してくれた。

「上手くできることより、姿勢の方が大事なんだって思えるようになりました」

印象に残った授業と出来事

第1・第2セメスターを通じて、なおさんが特に記憶に残っていると話してくれた出来事がいくつかある。

ひとつは、ボスニア・セルビアへのスタディトリップだ。過去の悲惨な歴史を現地で学ぶ痛みはあったが、仲間と思いを共有できたことが救いになったという。「違和感を無視せず、無関心でいないことの大切さを肌で感じた」と振り返る。

もうひとつが、気候変動をテーマにしたクライメイト・アクション(Climate Action)の授業。気候変動が日常の会話になっている環境の中で、フェスティバルで耳にしたある言葉が印象に残っているという。

「日本にいた時は、環境問題ってあまりにも壮大で、自分ごととして捉えられていなかったんです。でも、参加者の一人に『気候変動について考えるのは、居心地のいいインテリアを考えるのと同じだよ』って言われて、一気に自分の中で距離が縮まって。すごく腑に落ちました」

フォルケホイスコーレで得たもの「自分のいい状態」がわかるようになった

nordfyns højskoleの近くの城

義務感ではなく、内側から動く感覚

1年間を通じてなおさんが感じた最も大きな変化のひとつが、「義務感がなく動ける自分を知れた」ことだった。

「フォルケにいる間って、あんまり義務感を感じなかったんです。自分が興味のある授業を取れて、休み時間はぼーっとしてもいいし、ゴロゴロしてもいい。一緒に何かやってくれる友達がいたり、挑戦を応援してくれる先生がいたり。そういう中で、自分がすごくいい状態でいられた」

日本での仕事漬けの日々とは対照的な時間の使い方。それが「自分にとっての良い状態」を体感的に知ることにつながったという。

「私の声はちゃんと意味を持つ」と思えた

なおさんが行って良かったと話すことのひとつに、「自分の声が意味を持つ」という感覚を得られたことがある。

「完璧でなくても声を上げていい、一人で無理なら仲間と連帯すればいい。民主主義のあり方を体感できた感じがしました」

さらに、「ポンコツな状態の自分でも『大好きだ』と言ってくれる友人たちに出会えたことで、自己肯定感が上がりました」とも。言語も文化も違う環境の中で、それでも自分を受け入れてくれる存在ができたことが、帰国後の自分を支える土台にもなっているという。

完璧な英語ではなくても友達ができた「できる・できない」で評価されない場所

Fyn島のビーチ

英語が苦手というコンプレックスを持ちながらフォルケに踏み込んだなおさんにとって、「完璧な英語ではなくてもつながれる」という体験は大きな気づきだった。

「正直、英語はもっとできる状態で行きたかったです。もっとできていれば、より深い学びや人間関係が築けたはずだなっていう後悔もあります」

それでも、「つたなくても伝えようとする姿勢」で関係性が築かれていく経験は、これまでの価値観を大きく揺さぶるものだった。

「できる・できないで評価される場所ではなくて、どう関わろうとしているかの方が大事にされている感覚がありました」

「箱」ではなく「人」がコミュニティをつくる

2学期にわたって同じ学校に在籍したことで、なおさんが得たもうひとつの気づきがある。前半と後半では、学校の雰囲気がまるで変わったのだという。

「1セメスター目は『自分』に、2セメスター目は『この共同体の中でどう生きるか』に意識を向けることができました。慣れるのに時間がかかるタイプなので、1年いたからこそ見えた変化だったと思います」

「フォルケに行けば何かが変わるとか、フォルケという場所に仕掛けがあるんだって思って行ったところがあって。でも、場は人が作るんだなって実感した。同じ学校でも、集まる人が変わればエネルギーも動きも全然違う。コミュニティって箱じゃなくて、一人ひとりが作るものなんだなって

期待と現実のギャップ|正直に言えば「こんなはずじゃなかった」もある

ホームページ通りではなかった授業ラインナップ

フォルケホイスコーレに限らず、留学全般においていえることだが、事前のイメージと現実には差が生まれることがある。なおさんもその経験者だ。

デンマーク語の授業があると思っていたら開講されなかったり、ホームページに載っていた授業が実際にはなかったりとか。そういう期待とのギャップは正直ありました」

ただ、その分「思っていなかった別の出会いや発見があった」と話す。完璧な百点満点ではないけれど、それがリアルなフォルケの姿でもある。

過去に同じ学校に行った人と同じ経験をしたいと思っても、皆さんがフォルケホイスコーレに行く時には違う授業が開催されることを理解しておくと良いでしょう。

言語の壁|「自分の意見が何なのかわからない」というパニック

「英語が話せないことももちろん壁だったんですが、それ以上に、そもそも自分の意見を持っていなかったことに気づいたのが大きかったです」

「『あなたはどう思う?』と聞かれても、日本ではそこまで深く考えたことがなかったテーマも多くて。言語の問題というより、自分の内側の問題にぶつかっている感覚でした」

意見を持つこと・伝えることの難しさを、言語を通じて改めて痛感した経験だったという。

帰国後の選択|北海道への移住と「ちっちゃい規模感」での挑戦

東京という大都市ではなく、人の顔が見える場所へ

帰国後、なおさんは東京には戻らず、フォルケとの縁が生まれた北海道の町へ移住し、地域おこし協力隊として活動している。

その選択の背景には、フォルケで感じた「自分の声がコミュニティに届く感覚」があった。

「デンマークで、自分が何かしたら何かが変わるっていうのを体感できた。でも東京に戻って、大きな組織にまた所属してってなった時に、その感覚をどうやって続けられるんだろうって思って」

「それよりも、もうちょっとちいさな規模感で、人の顔が見えるところで力試ししてみたいなって。そう思ったら、都市部より地方の方がしっくりきた」

フォルケで経験した『コミュニティに働きかけること』『自分の価値観を探り、伝えることを諦めないプロセス』が、今の挑戦の原動力になっているそうです。

「フォルケロス」にならないための選択

フォルケを経験した人の中には、帰国後にフォルケの環境と日本の日常のギャップに苦しむ「フォルケロス」になるケースもあると聞いていたという。

「友人から、帰ってきてから仕事を探すのがしばらくできなかったって話を聞いていて。私も正直、あんなに楽しいことしかしない生活の後に、社会人として働けるかなって(笑)」

だからこそ、単に「元の生活に戻る」のではなく、フォルケで気づいた感覚を日常に接続できる場を選んだ。「変化を試せる環境に身を置く」という選択が、移住という形になった。

これからフォルケホイスコーレを考えている人へ

Nordfyns Højskole内のスワンリビング
Nordfyns Højskole|スワンのリビング

おすすめできる人、できない人|正直なところ

「どんな人におすすめか」という問いは、なおさん自身も事前にメモに書いて考えていたほど、難しいテーマだったという。

「他者とともに生きることを通して、新しい気づきを得てみたい人。人・概念・価値観など、新しい出会いに溢れている場所なので、それを楽しめる人はきっと多くのものを得られると思います」

逆に言えば、「面白そう」という気持ちが少しでもあれば、それが入口になる。行動する前に完璧な準備をする必要はなく、「興味があったら行ってみたらいい」というのがなおさんの結論だ。

行く前に知っておくべきこと|日本のことを勉強していく

なおさんが「行く前に知っておくと良かった」と話すのは、意外にも英語よりも先に「日本のこと」だった。

「現地では、日本の文化・歴史・社会システムについて本当によく聞かれます。でも知らないことばかりで、答えられないことが多くて。自分が日本について何も知らないんだなって痛感しました」

デンマーク人や世界中から来た学生と対話する中で、「自分の国のことを語れる準備」が、むしろ深い交流につながると感じたという。英語の勉強と並行して、日本の歴史や社会についても事前に学んでおくことをすすめてくれた。

まとめ|「ちゃんと自分のことを生きてみる」という選択

10年間の積み重ねを手放し、英語が苦手なまま飛び込んだデンマーク留学。なおさんの話には、キャリアの「正解」を問い直す力がある。

Nordfyns Højskoleは、何かを学ぶ場である以前に、「自分がどんな状態でいたいか」「どんなコミュニティの中に身を置きたいか」を体感する場所かもしれない。

「不完全でいい、プロセスが大事ってことを、ただ頭で知るんじゃなくて、体で感じてきた。義務感に追われるのではなく、自分の生活を自分で作ることの大切さを知ったんだと思います」

そう話すなおさんの言葉は、フォルケホイスコーレに行くかどうか迷っている人の背中を、静かに押してくれるような気がした。

【この記事で紹介した学校・団体】

Nordfyns Højskole(デンマーク) 在籍期間:2024年8月〜2025年6月(2セメスター)

そのまんまフォルケホイスコーレ(北海道上川町) なおさんがデンマーク留学を決意するきっかけになった、日本でフォルケホイスコーレ的な学びを実践する団体。3泊4日・1週間など複数のプログラムを開催している。

インタビューを終えて|編集部より

今回お話を聞いていて印象的だったのは、なおさんの「行動の速さ」でした。

気になることがあればまず動いてみる。
今いる場所にとどまらず、新しい環境へ軽やかに飛び込んでいく。

その姿勢こそが、これまでの選択や出会いにつながっているのだと感じました。

また、いつも柔らかい笑顔で場を和ませてくれる一方で、
情報収集や学びに対してとても貪欲で、「自分が何を求めているのか」がはっきりしている方でもあります。

そのバランスこそが、なおさんらしさであり、魅力なのだと思います。

フォルケホイスコーレという選択も、北海道での暮らしも、すべては「自分で選び取ってきた結果」。

今回のインタビューを通して、「行動することで見える景色が変わる」ということを、改めて教えてもらったように感じました。